
作品について
「セーラームーン」は90年代の日本の魔法少女アニメとマンガだ。主人公はつきのうさぎという、セーラームーンとして、悪魔と戦っている女の子だ。セーラームーンとセーラームーンの友達は毎回新しい悪魔と戦い、世界を守る。「セーラームーン」のアニメはシーズンが五つある。

このプロジェクトでは「恋のおたすけはムーンにおまかせ」というエピソードを分析する。そのエピソードは1994年に日本で放送され、2000年にアメリカで放送された。
そのエピソードでつきのうさぎちゃんはうみのくんとなるちゃんという友達の恋の問題を解決しようとする。だから、友達は恋の競争に参加する。はるかさんとみちるさんといううさぎの敵か友達か人も参加する。うみのくんとなるちゃんは競争に勝つが、「Die-Heart]という悪魔がせめてくる。その悪魔はうみのくんの心のタリスマンを調べる。うさぎちゃんはセーラームーンになり、セーラームーンとほかのセーラ戦士は悪魔をたおす。
作品を選んだ理由

「セーラームーン」はアメリカで日本文化が有名になる前にアメリカで人気が出たアニメの一つだから、アメリカ人が理解しやすくなるために多くの変化を作った。このために、「セーラームーン」の英語翻訳はあまりよくないことで知られている。エピソードの日本語と英語を比べ、アメリカ人の理解のためにどんなような変化を作ったのを分析することにした。
分析
このレポートでアメリカ人の理解と価値観のための変化を調べる。分析していることが3つある。
キャラクターの名前の翻訳について
まず、キャラクターの名前を分析する。[セーラームーン」の英語翻訳は英語のキャラクターの名前が使われている。この点において、今日のアニメの翻訳は日本語の名前を使うが、2000年代の時、アメリカで日本文化は有名ではなかったから、英語を話す対象の理解ために、名前を変化したのではないか。「セーラームーン」でキャラクターの名前はたいていしゃれが使われている。

例えば、「つきのうさぎ」の「つき」は月と同じで、「うさぎ」は日本の月の中のうさぎの話から来ている。つまり、うさぎはセーラームーンだから、しゃれということになる。セーラームーンのキャラクターの名前は時々しゃれを英語で翻訳したり、他の名前のしゃれがなくなったりしてしまう。
例えば、「守るちば」は英語で「Darrien Shields」だ。「Shields」の意味は「守る」の意味と似ているから、しゃれの意味を保つ。一方で、「うさぎ」は「Serena」になる。「Serena」は「Serenity」といううさぎの姫の名前と「Selene」という月の神の名前を似ているから、選んだと思われるが、月についてうさぎのしゃれがなくなった。「Shields」はそれに当たる英語の名前だから、使っているが、「うさぎ」はそれに当たる英語の名前の翻訳がないから、「Serena」という意味がない英語の名前を選んだ。
また、他の翻訳をした例がある。同じ発音がある英語の名前を使うことだ。例えば、「れい」は「Raye」になり、「あみ」は「Amy」になり、「みなこ」は「Mina」になり、「みちる」は「Michelle」になる。そして、英語の翻訳でしゃれがある名字が消えてしまった。このような変化したところでしゃれがこわされたが、日本語の名前に似ている。
この場合でも名前の意味が翻訳できないけれど、「うさぎ」の翻訳の場合と比べて、日本語の名前に似ているから、もっといい翻訳の方法なのではないか。でも、しゃれが保たれる翻訳は一番いいかもしれない。色々な翻訳をした方法が使われたが、全部は同じ目的があるのではないか。2000年代にアメリカ人は日本語の発音があまりわからなかったから、キャラクターの名前を変えて翻訳し、そのために、しゃれがよく消えてしまった。
「愛」と「Friendship」の翻訳について
次に愛の翻訳を分析する。そのエピソードは愛のコンテストについてだが、英語で「Friendship contest」に翻訳されている。理由は英語の翻訳で、はるかとみちるの同姓愛の関係を避けたかったからではないか。昔から日本の少女漫画やアニメで同姓愛の関係は普通だから、日本の社会で正しくない関係でも、アニメの中では、それを出してもよかったと言える。一方で、2000年代のアメリカで同姓愛の関係は社会的に正しくなくて、メディアでも見られなかったから、「セーラームーン」で同姓愛の関係が除かれたのではないか。

英語の翻訳ではるかとみちるはいとこで、「あの2人も出るのかな?女の子同士で?」は「Oh, great. Why do you think they’ve entered the contest? They’re girls and cousins, too. Maybe they’ve decided to enter as a practical joke.」になった。実物ではるかとみちるはいとこではない。彼女たちをいとこにし、コンテストに入るのは冗談だとすることで、同姓愛の関係が消える。

でも、このような変化のせいでエピソードのプロットの本当の意味がこわされてしまった。エピソードでは、うみのとなるの関係の問題をなおそうとしたくて、愛のコンテストに参加した。だから、英語のエピソードで「Friendship contest」に変わったことで、コンテストに参加した理由がなくなった。アメリカ人の対象の理解のための変化であるが、アメリカ人の価値観と日本人の価値観は違うから、英語で愛はFriendshipになるのではないか。
バレーガール(Valley girl)の俗語の使い方について
最後のポイントは英語の翻訳で90年代と2000年代のバレーガールというカリフォルニアの女子の方言が加えられたことだ。この影響はセーラームーンとその友達は、当時、人気があったアメリカの映画のキャラクターに似ていることが考えられる。例えば、うさぎは「You’re bugging?」と「As if」と「A slammin’ idea」というバレーガールの俗語を使う。

たいてい、この俗語は日本語で同じ表現がない。日本語でうさぎはとてもカジュアルだし、子供のような話し方をしているし、英語のバレーガールのアメリカ英語方言はいい代用だと思う。バレーガールのアクセントは、頭がよくなくて、浅はかで、楽しいイメージがあって、うさぎはバレーガールと同じようなイメージがある。バレーガールの英語方言はうさぎにぴったりだが、全部のセーラー戦士もそのアクセントで話していることは問題だと思う。日本語では、個人的な性格は話し方を通して伝えられるから、英語の翻訳で全員は同じアクセントを使うと、そのニュアンスが消えてしまう。

例えば、セーラーマーキュリーは頭が良くて、引っ込み思案な人だから、日本語で「あたし」と正しい文法を使っても、他のセーラー戦士と比べて、セーラーマーキュリーはもっと真面目で、かたい性格の女の子だ。「あたしも何か 参考になればと思って」は 、英語で「Well, I thought I would come along to witness it as a kind of witnessing, huh? 」になって、セーラーマーキュリーの真面目な性格が変わってしまうのではないか。英語で他の戦士と同じアクセントがあるから、ちょっと頭が悪い人のようになる。バレーガールのアクセントと俗語を使うこともアメリカ人の理解や興味のための変化だが、そのせいでセーラー戦士の性格がなくなったのではないか。
結論・まとめ

「セーラームーン」は2000年代にアメリカで放送された。その時、英語の翻訳でアメリカ人の対象の理解がよくなるための変化がたくさん作られた。一つ目の例はキャラクターの名前の変化だ。でも、翻訳は大変だから、同じ意味やしゃれをそのまま使うのは難しそうだ。だから、翻訳された時、名前のしゃれがなくなった。アメリカ人の価値観を尊重するための変化もたくさんある。「愛」は「Friendship」に変わり、同姓愛の関係が除かれた。そして、セーラー戦士はバレーガールという英語方言を使い、2000年代に人気があったアメリカ人の女の人に似ていて、2000年代で普通のアメリカのカートゥーンになったのではないか。でも、このような変化のせいで、エピソードのストーリーがわかりにくくなり、セーラー戦士の性格のニュアンスがなくなった。この変化は2000年代らしい変化と言える。とはいえ、それから、25年後の今、アメリカで日本文化は人気があるし、アメリカ人のジェンダーに対する価値観が変わったし、新しい英語の翻訳は日本語にもっと正確に近づけるだろう。例えば、日本語のキャラクターの名前が使われたり、同姓愛の関係が保たれたりすることができるのではないか。社会的な価値観や異文化について理解は時代とともに変化するから、社会の変化を反映するように、翻訳が時代によって変わるべきだと思う。


